「ロケットに乗って」〜長男編〜










バンドを辞めてから5年。






メジャーを目指し活動していたバンドが解散した後
音楽の世界を離れ、営業の仕事を始めた。





5年間、がむしゃらに働いてきた。



業績は会社でも上位のほうだった。




2年前に買った車のローンも今月で払い終わる。








「幸城〜聞いてくれよ」





昼休みになった途端話しかけてきたこの男は同期の戸津慎二だ。




「どうした?」






「妹が結婚するんだって」





「へー!それはめでたいね」





「めでたくないよ〜相手の職業何だと思う?」





「なんだよ?」





「売れない芸人なんだって!おれは心配だよ」





「ははっ。それは確かに心配だな」





「コンビニの夜勤やりながら夢を目指して頑張ってます!っていわれてもなあ〜、あれ。お前もそういえばこの会社入る前、音楽やってたんだろ?」





「え?うん。おれも夜勤やったなー」





「へ〜。大変そうだな。おれはやりたい事みつからないまま、無難な道を歩いてきたからな。そういうやつらが羨ましいよ」




「妹さんが幸せそうならいいんじゃない?」




「まぁ幸せそうではあるけど...おまえも確か下に兄弟いるよな?」






「うん。弟が3人」




「元気なのか?」






「みんな頑張って働いてると思うよ」




「そうかそうか。てかみんな音楽やってたんだろ?兄弟でバンド組めばいいのに」




「昔、少しやったんだけどね」





「売れなかったの?」





「いや、その時は本気で活動しようとしてなかったから。まだみんな若かったしね。」





「ふーん。えー、じゃあもう一回やろうぜ!バンド名はそうだな....佐藤ブラザーズ!どう?」




「ははっ。いいね」





「メンバー紹介します!ギター佐藤!ベース佐藤!ドラム佐藤!ボーカル佐藤!いえーい!!みたいな!どうどう?超おもしろくない??」




戸津と他愛も無い話をし、仕事に戻った。















その日の夜、昼休みの戸津との会話をふと思い出しなんとなく兄弟でバンドをやった時のビデオを押入れから引っ張りだし、見てみた。





とても懐かしい感情が出てきた。







今の生活が嫌なわけじゃ無い。




職場にも上司にもそれなりに恵まれていると思う。




欲しかった車だって買えたし、同期で仲のいい同僚もいる。








まさか戸津が言った冗談を真に受けているのだろうか。







今見ているライブ映像、そんなに悪く無い。




昔から思っていたが、特にボーカルの和夫は才能があると思う。






ここはこうしたらいい。これはこうしてああして....





いつのまにか仕事中もずっとそんな事を考えていた。






「幸城、お前なにボーっとしてんだよ?部長が呼んでんぞ」






「あっ、悪い」





仕事があまり手につかない。











そしてついに、5年前に眠ってしまった音楽への衝動は抑えられなくなってしまった。










「佐藤君、急にどうしたんだ?君はしっかり働いている。部下も慕っているんだぞ。考え直す気はないのか?」






「すみません。もう決めた事なので」






「そうか。残念だ」









退職届を提出し会社を後にする。










5年働いた会社。少し名残惜しい気もする。







「幸城!」




戸津が息を切らして向かってくる。






「戸津、悪いな。こんな急に辞め...」






「音楽、もう一回やるんだろ?」





「え..あぁ。うん。悪いな。だめだったらまた戻ってくるさ」







「絶対戻ってくるなよ」





「え?」





「お前なんかなぁ、いなくてもこの会社は何の問題も無いんだよ」





「戸津...」






「この戸津様がいればお前の穴なんてすぐに埋められるってもんよ」







「うん。そうだな....」













「行って来い...ブラザー」











晴れ渡る空。






目の前に続いている道。






その先には何が待っているのか











目頭が熱くなるのを堪えクラウンのエンジンをつける。












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